コラム「“地域”とともに」

 弁護士になって20年が過ぎました。弁護士になった当初から消費者問題にかかわり,多重債務問題やクレジット問題などの被害救済のほか,貸金業法改正や割賦販売法改正など消費者被害そのものを無くしていくための法改正運動,さらには消費者庁の創設運動等,さまざまな消費者運動に取り組んできました。

 現在も成り行きに任せていろいろと消費者問題に関わっているのですが,こうした活動をする際に,私なりにこだわっている重要な視点があります。それは「地域」という視点です。

こうした意識を明確に持つようになったのは,「消費者行政充実ネットちば」(ネットちば)というグループで毎年開催している「市町村シンポ」の実行委員会での議論を経験してからだろうと思います。

 

 この「市町村シンポ」は,千葉県内の個別の市町村においてシンポジウムを行い,当該自治体の消費者行政の充実強化を図ることを目的に開催しているものです。この間,香取市,旭市,富里市など県内15市町で開催してきました(千葉県弁護士会開催含む)。このシンポの「ミソ」は,現地実行委員会です。実行委員会には,行政の方にお願いをして,その自治体における町内会,民生・児童委員協議会,老人会,社会福祉協議会,中核地域生活支援センター,地域包括支援センター等,消費者被害に関係のありそうな団体の代表の方に集まってもらいます。これに私たちネットちばのメンバーが加わります。この実行委員会で,どうしたらその地域の消費者被害を防げるか,という議論をしてもらうわけです。

 

 この実行委員会,はじめは皆さん「何のために集められたのか」と不思議そうな顔をして座っていらっしゃいます。でも,地元の消費生活相談窓口の相談員などから,地元で起きた具体的な消費者被害の例をいろいろと挙げて話してもらっているうちに,それが「人ごと」ではなく「自分たちのこと」「自分の地域のこと」である,という意識が芽生えてきます。そして3回,4回と回を重ねる毎に,「自分たちの地域にある社会的資源をどのように活用すれば消費者被害が防げるのか」,という視点での建設的な議論がなされるようになります。日本は民主主義の成熟度が低いとという話をよく聞きますが,この実行委員会での議論は極めて民主的・建設的で,十分に成熟した民主主義の蓄積が我が国の各地域に存在することが実感できます。

 

 こうした実行委員会でのすばらしい議論をあちこちの地域で聞いているうちに,私はこの国が持っている「地域の力」,「地域の可能性」を確信するようになりました。実行委員の皆さんの議論への関わり方自体もしっかりしているわけですが,このような建設的な議論ができる背景には,これらの団体の,その地域における長い活動の積み重ねがあるわけです。議論の中で出てくる具体的な提案を聞いているとそのことがよく分かります。ですから私は,地域の人たちにその課題を「自分たちのこと」と受け止めてもらい,その地域の力をきちんと引き出すことが出来れば,多くの消費者被害が効果的に予防できるのではないか,と思っているわけです。

 

 ではなぜ地域の力で消費者被害を防げるのか。それは消費者被害が「無縁化」「孤立化」を背景に多発しているからです。例えば訪問販売で次々に物を買わされる「次々販売」や,金融詐欺・振り込め詐欺などで「命金(いのちがね)」をとられる消費者が後を絶たないのですが,こうした被害の背後には,個々の消費者・住民の「無縁化」「孤立化」があるわけです。ちょっとおかしいと思っても誰にも相談できない,普段話し相手がいないので悪質業者が優しく話しかけてくると「いい人」だと思って心を許してしまう。こうした「無縁化」「孤立化」のスキを悪質業者は巧みに利用します。ですから「地域の力」を活用して「顔の見える関係」を構築し,この「無縁」「孤立」の状態を解消することは,消費者被害激増の根本原因を絶つことに直結することになるわけです。

 

 他方でこの「無縁化」「孤立化」は,消費者被害に留まらず,広く福祉の問題,DVの問題,こどもの虐待の問題等の原因にもなっていると言われています。ですから私は,この「無縁化」「孤立化」の解消こそが,我が国で起きているさまざまな社会問題を解決する大きなカギになるのだと思っています。

 

 ただし,崩れてしまった「縁」を一夜にして回復することなどできません。「縁」を回復・創設するという明確な視点をみんなで共有しつつ,さまざまな工夫を試行錯誤しながら積み重ねていくしか方法はないと思っています。

 

 私たち「ひとくら」は,福祉関係者,司法関係者等さまざまな人が集まって住みやすい「地域」づくりを目指して試行錯誤を続けています。こうした活動を続けていって,いつかふと気づいたときに「最近なんだか居心地いいね」「この地域に住んでてよかったね」と地域の誰もが思えるような社会になるといいな,と思っています。

■執筆者:拝師徳彦(弁護士)

 

消費者庁等の消費者行政を消費者の視点でウォッチする活動(全国消費者行政ウォッチねっと http://watch-net.jp)や,地域の消費者行政の充実強化を求める活動(消費者行政充実ネットちば)などいろいろな消費者運動に関与。
あちこちで口癖のように「地域」「地域」と言っている(平成26年消費者白書のコラムにも「地域」ネタで投稿 http://www.caa.go.jp/adjustments/pdf/26hakusho_honbun.pdf)。
夢は剣道を通じた地域貢献(隠居後も続けられるので)。

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